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最高裁判所第三小法廷 昭和59年(オ)1085号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人水崎嘉人、同林正孝の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

所論の沈没船調査作業費についての原判決の違法は、上告人に不利益なものではない。論旨は、採用することができない。

同第三点について

使用者が、その事業の執行につきされた被用者の加害行為により、直接損害を被り、又は第三者に対する使用者としての損害賠償義務を履行したことによつて損害を被つたことを理由として、被用者に対してするその賠償又は求償の請求については、使用者の事業の性格、規模、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、制限を加えることができると解すべきものであることは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和四九年(オ)第一〇七三号同五一年七月八日第一小法廷判決・民集三〇巻七号六八九頁)。そして、右の理は、船舶所有者が、その被用者である船長の加害行為により被つた損害につき、船長に対してする損害の賠償又は求償の請求についても妥当するものというべきであり、船長が、船舶の発航前において堪航能力検査義務を負つており(船員法八条)、海上航行時においては、人命財産を含む船舶共同体の責任者として、その安全確保のために行動すべき義務を負つていること、また、船長が、その職務を行うにつき注意義務を怠らなかつたことを証明しないかぎり、船舶所有者等に対する損害賠償責任を免れないこと(商法七〇五条一項)等は、直ちに、船舶所有者の右損害の賠償又は求償の請求を前示のような諸般の具体的事情を考慮して信義則に基づき制限することを妨げる理由となるものではない。

本件において、原審の適法に確定したところによれば、(一)上告人所有にかかる本件船舶は、総屯数約一二〇屯の木造の砂利採取運搬船であつて、前部上甲板に大型旋回式クレーン(以下「本件クレーン」という。)を備えていた、(二)被上告人は昭和五一年一一月一日から上告人に雇傭されて本件船舶の船長となつていたが、本件船舶の乗組員は、被上告人のほかにはクレーン士一名、機関士一名がいるにとどまり、荷物の積込みはクレーン士が本件クレーンを操作してするなど各自がめいめいの仕事を分担していて、被上告人が他の二名を指揮監督するという関係には乏しかつた、(三)上告人は、従来本件船舶を用いて砂利の運搬をしていたが、昭和五二年八月中旬三井建設株式会社から生コンの海上運搬についての問い合せを受け、未経験の仕事であつたので、他の船主に運搬を引き受ける意思がないかどうかを照会したところ、生コンをそのまま船倉に積載して運搬するのは危険であるとして拒否され、しかも、本件船舶のクレーン士が生コンの場合は三〇立方メートルまでが限度でそれ以上の積載には危険がある旨の意見を述べたにもかかわらず、五〇立方メートル位は積まなければ採算が取れないとの被上告人の意見を採用し、三井建設株式会社から、生コン一〇〇立方メートルを西の浦港から玄海島まで五〇立方メートルずつ二回運搬することを引き受け、被上告人にその運搬を指示した、(四)被上告人は、右指示に従い、西の浦港から本件船舶を入港させ、船倉に帆布を敷いたのみでその上に直接生コン五〇立方メートルを流し込んで積込みをさせたうえ本件船舶を出航させ、玄海島に向つて航行中、船体の動揺で生コンが右舷側に片寄り、船体が約一五度傾いたので、減速し、クレーン士が生コンを本件クレーンで海上に投棄しようとしたが、その準備作業中本件クレーンの機関が故障したため投棄ができないでいるうちに倉口から多量の海水が浸入し、本件船舶の沈没という本件事故が発生するに至つた、(五)被上告人は、船長とはいえ昭和四五年八月に丙種船長の免許を受けたものにすぎず、仕事の内容も上告人に命じられるままに限られた水面を航行するというものであり、その平素の勤務状態に格別問題はなく、また、上告人から受けていた給料は月額一七万五〇〇〇円にすぎず、クレーン士のそれより低額であつた、(六)本件船舶にはもともと生コン運搬に必要な荷止め板の設備がなかつた、というのである。右事実関係のもとにおいては、上告人の被上告人に対する本件事故による損害についての賠償及び求償の請求は右損害の二割を超えては許されないとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、右と異なる見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 長島 敦 裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治 裁判官 安岡滿彦)

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